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高級住宅?

2022年8月31日[ケヤキの見える窓辺]

「面倒くさいのは嫌いだ」では「おもてなし」も「住応えのある家」も成り立たない!

東京オリンピック招致のブエノスアイレスでのプレゼンで一躍有名になった「おもてなし」は我が国の誇れる精神だ。我々日本人の中でも再認識した人が多かったのではないだろうか。それほど戦後の日本はタイトルにもあるように「面倒くさいのは嫌いだ」がひたすら国是になって走ってきた感がある。

 

我が国の伝統的な精神はすべて現代から見ると「面倒くさい努力の積み重ね」ではなかったか。怖いのは「面倒くさいのは嫌いだ」が極端化し、面倒くさいことを省いてばかりいると人間は堕落するという西欧のカトリック精神「狭き門より入れ」に触れる恐れがあるので西欧特にフランスなどは我が国にある自動販売機やコンビニなど便利施設が極端に少ないとフランス文学者の鹿島茂氏が指摘している。

 

現代社会に行き詰まり感が強いのは「面倒くさいのは嫌いだ」の国是でひたすら走ってきた結果ではないだろうか。現代の若者の中に一見不便に見える伝統的な民家をリフォームして住まうという傾向がみられるのもこの閉塞感を感じるからではないだろうか。

 

私は週一のペースで近くの遊歩道などでウォーキングを楽しんでいるが、夏の暑い日など道中のコンビニで思わず冷たい飲み物を手に入れることもある。我が国の便利さに感謝することもあるがよくよく冷静に考えたら冷たい飲み物も前もって準備していったら済む話である。ついつい便利さに甘えてしまうことがあるのは否定しない。

 

子どもの頃、コンビニや自販機などなかった時代、夏の暑い日など冷やしあめが飲みたくてお気に入りのお店まで我慢して歩いたことを思い出す。冷やしあめにありつけた時の喜びは忘れられない。道中のどこにでもある自販機はこの楽しみを薄くしている。

 

暑い日や寒い日には、頭や体を使って体に合わせて自らの住み心地がよくなるように工夫する楽しみはもっておきたい贅沢である。体の調子がよくないときは無理する必要はないと思う。どっぷりと文明の利器を利用すればよい。そうでない生きる活力のある時はもっと人間らしく生活したいと思う。

 

私の設計する家は高級住宅ばかりである。安物はけっして設計しない。ただ誤解されてはこまるのは 高級=建設費が高い という意味ではない。その人の求める生きる活力にこたえられる家を設計したい。事前に一定の人工環境を想定した省エネ住宅だとかきれいだが新建材や機能満載だらけの家は価格は高くても決して高級住宅とは思はない。

 

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